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研究紹介

プロジェクト(1)

精子幹細胞の自己複製メカニズムの解明

  幹細胞は自己複製という通常の細胞とは異なる形式の細胞分裂を行なうことで知られています。この「自己複製分裂」においては、1)幹細胞が一個の同じ種類の幹細胞と一個の分化決定した細胞を作る、2)二個の幹細胞を作る、3)二つの分化細胞を作る、の三通りの分裂を行なうことができます。当然ながら3)のパターンをとると幹細胞は失われてしまいます。体の中には限られた数の幹細胞しかありませんので、一生にわたって常に組織を支える幹細胞集団を維持し、その傍ら体の要求する分化細胞を供給することが求められます。多くの組織幹細胞はG0期に静止しており、ほとんど分裂しませんが、自己複製分裂を低頻度に行うことで、組織の恒常性を維持すると考えられています。しかし幹細胞がこれらの分裂パターンのバランスをどのように制御し、体の要求に適応しているのかは未だ謎に包まれています。

  私たちは精子幹細胞の自己複製と分化の制御メカニズムを調べ、移植法や培養系を用いた実験でいくつかの分子の関与を明らかにしました。2000年に精子幹細胞の自己複製にはGlial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF)という分子が必要であると報告され、これまでそのシグナル伝達メカニズムが解析されてきました。例えば
(1) 精子幹細胞の自己複製因子GDNFがPI3K-Aktシグナルを介して伝達されること、またGS細胞培養が必要とするもう一つのサイトカインであるFGF2からのシグナルとは経路を異にしていること (Lee J. et al., Development 2007;134:1853-1859)
(2) Ras-CyclinD2シグナルが自己複製シグナルを伝達し、これらの分子は単独で過剰発現によりサイトカイン非依存性に精子幹細胞の自己複製を維持できること(Lee J. et al., Cell Stem Cell 2009;5:76-86)
(3) 細胞周期調節因子G1サイクリンのタイプにより、G1期における精子幹細胞の自己複製と分化の選択が行われている可能性があること
(4) PI3K-Aktシグナルの活性化は精子幹細胞の癌化を伴わないが、Ras-CyclinD2シグナルは癌化も伴うこと
(5) ユビキチンリガーゼのFbxw7が自己複製のブレーキの役割を果たしていること(Kanatsu-Shinohara M. et al., Proc Natl Acad Sci USA 2014;111;8826-8831)などを示しました。

シグナル

精子幹細胞の自己複製
GS細胞におけるGDNFとFGF2シグナル伝達機構とクロストーク

とくに興味深いのは活性酸素の影響です。Nox1という活性化酸素の産生酵素を欠損したマウスの解析により
(6) マウス精子幹細胞の自己複製に活性化酸素が必要であることを明らかにしました (Morimoto, H.et al., Cell Stem Cell 12:774-786, 2013)。これは従来活性化酸素が生殖細胞に悪影響を与えると考えられていたことを覆す発見でした。

  このように精子幹細胞の自己複製機構は段々と明らかになってきつつあります。しかし、最近の研究で私たちは自己複製に必須であると考えられていたGDNFがなくとも精子幹細胞の自己複製が起こることを見出しました(Takashima S. et al., Stem Cell Repots 2015;4:489-502)。GDNFのシグナルを伝えるRet受容体の変異マウスを詳細に解析すると、未分化な精原細胞のコロニーが分裂しており、GDNFがなくとも精子幹細胞活性をもつ培養細胞を樹立することに成功しました。これらの結果はGDNFに依存しない別のタイプの自己複製様式もしくは幹細胞があるということを示唆しています。このように精子幹細胞の自己複製機構については新たに別の視点から見直す必要があります。