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研究紹介

プロジェクト(5)

生殖細胞における多能性抑制のメカニズムの解明

  生殖細胞は通常は配偶子形成のために高度に専門化された細胞ですが、同時にES細胞や奇形腫を生ずるなど、多能性も併せ持つことが古くから知られています。しかし、生殖細胞の持つこの多能性は胎生期だけのものであると考えられてきました。ところが私たちは前述のGS細胞培養を確立したことを契機に、生後の精巣からES細胞と同様な多分化能をもつ細胞を樹立できることを見いだしました(Kanatsu-Shinohara M. et al., Cell 2004;119:1001-1012)

(図の説明)mGS細胞は体細胞と生殖細胞に分化することができるのみならず、この細胞にはキメラ形成能があり、遺伝子ノックアウトマウスを作成できる。しかしながら精巣に戻しても精子形成能は消失しており、奇形腫となる。ES細胞と唯一異なるのはDNAメチル化パターンである。GS細胞からmGS細胞への変化は自発的に起こるが、がん抑制遺伝子であるp53とDmrt1の発現を抑えることでGS細胞からmGS細胞への変化を誘導できる。

  この細胞(multipotent Germline Stem:mGS細胞と命名)は、精原細胞に特異的な分子群の発現を消失し、ES細胞と共通した遺伝子群(例えばNanog)を発現します。また、この細胞は機能的にもES細胞と同等であり、試験管内で血液や神経に分化するのみならず、初期胚に移植すると生殖細胞を含む様々な組織へと分化しキメラマウスとして発生します。実際に私たちはES細胞と同様に遺伝子相同組み換えによる遺伝子ノックアウトマウスの作成にも成功しました(Takehashi M. et al., Dev Biol 2007;312:344-352)。 唯一の違いはゲノムインプリントのパターンで、ES細胞が体細胞のパターンを持つのに対して、mGS細胞は部分的な精子パターンを持っています。これらのことは生後の生殖細胞にはES細胞とほぼ同等な機能をもつ多能性幹細胞へと変化する能力があることを示します。

  一体生殖細胞とES細胞と何が異なるのでしょうか?最近の私たちの実験結果によると生殖細胞でがん抑制遺伝子の発現を抑えると生殖細胞が多能性を獲得することがわかりました (Takashima S. et al., Genes Dev 2013;27;1949-1958)。またES細胞でMaxという遺伝子を抑制すると生殖細胞へと分化するという報告もあります (Kanatsu-Shinohara M, Shinohara T, Annu Rev Cell Dev Biol 2013;29;163-187). 。GS細胞はES細胞と極めて近い遺伝子発現を持ちながら、ほんの少しの遺伝子操作で多能性にもなるし、配偶子へも変化しうる不思議な細胞です。このバランスを決めている分子機構を明らかにするのがこのプロジェクトの目的です。