第73回日本内分泌学会学術総会特別講演
「免疫系の統御:分子から個体へ」 抄録
京都大学医学部 本 庶 佑
まもなくヒトの全ゲノム配列が明らかになろうといたしております。このことによっ て、我々の体を構成している全遺伝情報が明らかになると誤解されている方が多いか もしれません。明らかになるのは、塩基の配列であり、これから我々はこの情報を解 読する膨大な作業を必要としております。この先天的ゲノム情報に従い、個体は複雑 な発生プロセスを経て完成されます。誕生した個体は、環境との様々な相互作用によ って、新たな情報を獲得いたします。この新たな獲得情報によって、環境と様々に応 答する免疫系や神経系などの統御システムが出来上がります。ところが加齢とともに 統御された情報に混じって異常な情報が蓄積してくるようになり、この結果臓器に病 変が生じ、さらに全身的な疾患へと発症します。このようなヒトの先天的なゲノム情 報と獲得情報とによって、個の存在が規定される訳であります。このような個の存在 を規定する情報システムは、体の中で複雑な制御ネットワークを構成しております。 その代表的なものが、免疫系であります。免疫系は、遺伝子変換によって生じた多様 な細胞の中から自己に反応しない細胞を選び出すことによって、あらゆるウイルスや 細菌を認識し、排除することができる防御システムを完成いたします。微生物の侵入 に際しトは、リンパ節を中心とする末梢リンパ組織による免疫組織において、様々な 細胞間の相互作用、情報伝達物質のバランスなどにより、免疫統御が行われます。こ の段階における正と負の制御機構のバランスによって、免疫の記憶、自己への不応答 性、移植の拒絶など高次の生体防御機能が発現します。
私どもは遺伝子変換とその制御の仕組みを明らかにする目的で、クラススイッチ組換 え機構を研究いたしております。また、免疫応答制御の側面を明らかにし、その異常 によって生ずる自己免疫病の制御を明らかにするために、免疫応答を負に制御する膜 受容体PD-1を同定し、またそのリガンド分子PD-Lを発見し、これらのノックアウトマ ウスに用いた免疫異常発症機構を解析いたしております。一方、免疫システムを制御 する分子を数多く単離する方法として、シグナルシークエンストラップ方法を開発し 、すでに数百を越える分子を単離いたしました。その中から有望な分子の遺伝子をい くつか破壊し、いずれも興味あるデータを示しております。今後このような分子レベ ルでの解析情報を総合して、いかにして個体統御システムが構築されているかを明ら かにしていくことが21世紀に与えられたポストゲノム生命科学の課題であろうと考 えれます。