研究紹介
プロジェクト(3)
マウス顕微授精により引き起こされた経世代異常のメカニズム解明
現在、Assisted Reproductive Technology (ART:生殖補助医療)の中心となる技術としてin vitro fertilization(IVF)とintracytoplasmic sperm injection(ICSI: 顕微授精)という方法が利用されています。これらの技術により世界で1千万人以上の人が生まれています。海外ではGS細胞培養技術のヒトへの応用が検討されつつあるため、GS細胞を用いたARTが子孫へ与える影響を調べる必要があります。そこで私たちは不妊マウスの精巣にGS細胞を移植し、ドナー細胞からできたコロニーから精子を採取してICSIにより子孫(GS群)を作製し行動解析を行いました。その対照群として、自然交配で生まれた産仔(Control群)、もう一つは正常なマウスの精巣内精子を用いたICSIで産仔(ICSI 群)を作出しました。生まれた子を観察するとControl群とICSI 群では外見上健常でしたが、行動解析ではICSI群では不安様行動・社会的行動の異常・記憶力低下が、そしてGS群ではこれらに加えて、鬱様行動や活動量の低下や驚愕反応の亢進など、広範囲の行動異常が見られました。
そこで私たちはこれらの行動異常が次世代にも伝達するか調べることにしました。IVFによりF1世代から産仔(F2)を作製しすると、GS-F2のみならず対照群であったICSI-F2にも、高頻度の着床不全が起こるのみならず、様々な奇形を持つ仔が生まれてくることが分かりました(図1)。
さらに、Control群の精子を用いてIVFで作製したControl-F2群でも老化した精子を用いた場合には同様な奇形が発生しました。ICSI-F1, GS-F1群で見られた行動異常はF2世代にも持続していました。子孫への異常の伝達は自然交配でも抑制することはできませんでした。
F1世代では外見上正常であるのに、F2世代で先天奇形が出現したのは何故でしょうか?私たちはF1世代の発生過程で生殖細胞が体細胞より深刻なダメージを受けるためではないかと考えています。F1世代の体細胞は比較的ダメージが少ないため外見的症状が目立たないけれども、第二世代はダメージを受けたF1世代の生殖細胞から全身の体細胞が発生するため、症状が顕在化した可能性があります(図2)。
ICSIはウサギ2匹と牛2匹の4匹の動物が生まれただけでヒトに応用されたので、十分に安全性が検証されているとは言えません。ICSIが異常を引き起こす可能性は1990-2000年代にヒトにおいてかなり活発に検証され、大きな奇形は生じないことが分かりました。これまでにインプリンティングや行動の異常、特に自閉症や精神遅滞が報告されてきましたが、一方でそれを否定する結果も報告されており、明確な結論が出ていません。これはヒトの場合は遺伝的背景や育った環境が異なるのと、不妊治療に使われた配偶子自体に異常がある可能性が否定できないことが原因であろうと考えられます。しかしながら、これまでのどの研究においても子孫への影響は長く見逃されていました。
私たちのマウスでの研究成果がそのままヒトICSIにも当てはまるかについては未知数です。安全な医療の開発には十分な動物実験が必須です。私たちは世代サイクルの短いマウスを用いて、この現象のメカニズムを解明し、予防法を確立することを目指しています。